備忘録としての生活記録

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笠井叡 迷宮ダンス公演「高丘親王航海記」

 少し前の話になりますが……

 笠井叡 迷宮ダンス公演「高丘親王航海記」:世田谷パブリックシアター

に行って参りました。(2019/01/24)

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 筆者はダンスに詳しい訳ではなく、恐れ入りながら笠井叡氏の名も存じ上げなかったのですが、最近澁澤龍彦氏について学ぶ機会があり、澁澤氏の世界をダンスで――!?という単純な興味から公演『高丘親王航海記』を観劇するに至りました。……とは言うものの、澁澤氏に詳しい訳でもなく、彼の著作は『少女コレクション序説』と、あくまで表現に関する学習の一環として『悪徳の栄え』の一部を読んだ程度の知識しかありません。当然『高丘親王航海記』も読んだことはありませんでした。今回の観劇にあたっては、「ダンス」という表現そのものを楽しみたく、敢えて原作は読了せずに観劇し、その後舞台を振り返る手段として、原作『高丘親王航海記』に一通り目を通しました。当ブログでは、ダンス公演『高丘親王航海記』の感想を中心に、澁澤龍彦氏自身の『高丘親王航海記』にも少し触れながら、公演を振り返っていきたいと思います。ネタバレの要素もありますので、ご注意ください。

 

プロローグ

 会場には、開演前のみ物販コーナーもあり、関連書籍や、本作の演出も手掛けられた榎本了壱氏による『高丘親王航海記』の画集等がありました。

 客席までの踊り場には、榎本氏の現物のイラストも……!どこか原始的な雰囲気を漂わせながらも繊細な色合いの作品は、とても魅力的でした。

 ホールに入ると、広々とした舞台にするために客席を数列分潰しており、予想以上の近さで作品を観劇することが出来ました。また、世田谷パブリックシアターの客席は、段差はあまり無いのですが、前後がずらされているためにどの席からもしっかりと舞台を見ることができます。また、ホール内は、公演中休演中に関わらず電波が届かない仕組みになっていました。

本編

 開演時間が近付くと、舞台上で役者さん達が準備を始めます。舞台に幕は無く、スタッフの掛け声で上演が始まるのが印象的でした。

 全体を通して要所要所で物語を伝える優しい声のナレーショが入ります。その声は心地よいのですが、聞きなれない言葉遣いの原作の地文をそのまま引用しているためか、注意深く聞かないと聞き漏らしてしまいます。

 また、役者さん達は、白塗りとまではいかないものの、薄い白化粧をしており、確かに生身の人間なのですが、どことなく亡霊のようなイメージを抱きました。役者さん達は皆裸足で、彼らの激しい動きや静かな動きに合わせて足音の聞こえ方が異なるのは、とても面白いと感じました。

 

1、儒艮 JUGON

 何よりも感じたのは、儒艮の衣装の気味悪さです。役者さんは、白い全身スーツを纏い、つやつやとした素材の儒艮の人形が、その肩から頭にかけて、蜷局を巻くように纏わりついています。そのほんのりピンクを帯びた儒艮が、なんとも艶めかしく、非常に気味悪く感じました。澁澤氏の『高丘親王航海記』『真珠』の章に、春丸が儒艮を「人間に似ているら怖い」と評する場面がありますが、筆者が抱いたのは、この春丸と同様の印象なのかもしれません。

 

2、蘭房 RANBO

 蘭房の場面では、冷たい、風鈴ともトライアングルともしれぬ金属音が鳴り響きます。その音が、我々をより深い夢の世界へと誘います。色とりどりの服を身に纏った単孔の女達が、ディスプレイのマネキンのように、無機質に動きポーズをとる姿は、非常に美しく、息をするのも忘れて見入ってしまいました。原作では、単孔の女達のシーンはさほど長くないのですが、舞台では、筆者自らが蘭房に閉じ込められ永く永く女達を見ているかのような錯覚に陥りました。また、親王が、宝箱を開けるようにそっと房室の扉を開閉する動作も印象に残っています。

 

3、漠園 BAKUEN

 この章までは、幻想的な色味が強く、猥雑な印象は全く無かったのですが、この章では大きな陰茎を振りながら踊る獏と、共に踊るパリタヤ・パタタ姫のシーンが出てきます。気持ち悪い、と言うよりも、前衛芸術を目にしたような、漫画で台詞の無い大きな一コマを見たような、圧倒的な衝撃と、喉元を締め付けられたような感覚を覚えました。一方で原作でのこのシーンは、もっとねっとりとした描き方をされており、その違いも興味深いです。

 

4、蜜人 MITSUJIN

 砂漠を背景に横たわる、白い全身スーツに身を包んだ人々。それらがむっくりと起き上がってきた時に、複数の頭を持っていたり、複数の手足を持っていたり、複数の目を持っていたりといった、醜い「蜜人」の姿が露わになっていく演出は鳥肌が立ちました。役者さん達はそれらを振り回しながら踊るのですが、役者さん達がぴたっと静止しても、それらの腕や足がぶるんっと動きの名残を見せる様子は、気味の悪いものでした。

 

(中間部)

 ここで、不思議な世界観が立ち現れます。パンフレットには、「天国と地獄の入れ替わったような世界」と記されています。『蜜人』の最後、親王空海和尚の蜜人に出会い、航海の旅における一つの山を迎えます。この後の『鏡湖』の章では、親王は初めて自らの死を悟ります。この中間部は、この反転を表しているのかもしれません。

 背後のスクリーンには、ヒエロニムス・ボスの作品が映し出され、それまでに登場した人物や動物達が、雑多なダンスを踊ります。まるでダダの集いを見ているかのような自由な乱舞です。親王はサングラスを掛けパイプを咥え、客席や舞台淵を駆使して踊ったり、寛いだりします。藤原薬子は、頭の狂ったように滅茶苦茶なダンスを踊ります。

 

5、鏡湖 KYOKO

 春丸と秋丸の、少女らしいバレエのようなデュエットが、とても可憐だったのが印象的でした。秋丸は、親王達以外には少女であることを隠しているため、あまり女性らしい振る舞いは多くなかったのですが、この場面は秋丸が最も秋丸らしい場面であったように思います。

 また、親王とそのドッペルゲンガーによる鏡合わせのダンスも、親王が不思議そうにドッペルゲンガーを眺め踊る様子が可愛らしく印象的でした。

 

6、真珠 SHINJU

 一年以内に死ぬ人物を映さない『鏡湖』と、美しいからこそ災いを孕む『真珠』。特にこの章から、親王はひしひしと近づく死の存在を意識します。

 布を用いて波を表したダンスと、扇子を用いた親王のダンスが特に印象的でした。

 また、航海天体士カマルのシーンは、カマルの口調故かとても童話の要素が強い印象を受けました。

 

7、頻伽 BINGA

 他の章よりも照明を落とした舞台で、親王が瞑想するように静かに座っています。そこに、舞台の下手から、ゆっくりゆっくり、噛み締めるように、ぼんやりと光る、幽玄で巨大な虎が近付いてきます。袖から広がる煙が、親王を隠したり現したりしています。はじめ、虎は親王に構うことなく上手へ捌けていきます。虎は、今度は上手から、やはりゆっくりと親王に近付き、虎は、舞台上をぐるぐると往復します。そしてある時、親王は、まるで木彫りの大仏が倒れるように、座禅をしたままことりと倒れます。その親王の上を、虎は数度往復します。まるで、親王を少しずつ食べていくように――。いつのまにか、親王の姿は消え、大きな光る虎が、またゆっくりと去っていきます。

 この場面が、親王の死としての意味に留まらず、どの章よりも夢のようで、重たく息苦しかった気がします。息もできない程美しく苦しいシーンは、その時の張りつめた空気感とともに、今でもありありと思い出せます。筆者は、公演でのこの最後のシーンを美しいものとして認識していたのですが、原作では、親王の従者達が、遺った親王の骨を集める残忍なシーンがあり、その違いも興味深いと感じました。

 

エピローグ

 大きな船や虎といった立派な舞台装置も勿論ありましたが、全体としてはシンプルな舞台構成になっていて、よりダンスの動きが際立っていたように思いました。そのうえ、どのシーンを切り取っても絵になる洗練さを備えていました。

 役者さん達が裸足であることはすでに述べましたが、一つ一つの足音や息遣いが聞こえる程の緊張感はとても心地よかったです。

 また、役者さん達の化粧や衣装が、史実を題材にしている故の古風さを備えていながら、現実味の無い、少しファンタジックなデザインになっているのも素敵でした。

 

 最後に、本公演における、笠井叡氏のインタビューを見つけたので、参考に掲載させていただきます。

dancedition.com

spice.eplus.jp

 


takaokashinnoukoukaiki.com

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<参考>

澁澤龍彦全集22』「高丘親王航海記」(澁澤龍彦著、1995年3月12日株式会社川出書房発行)

 

 

ーー2019/03/11

 

 

笠井叡 迷宮ダンス公演「高丘親王航海記」
 場所:世田谷パブリックシアター
 会期:京都公演―1月11日(19:00~)
                               1月12日(15:00~)
     東京公演ー1月24日(19:30~)
                           1月25日(19:30~)
                                  1月26日(15:00~)
             1月27日(15:00~)